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最も身近な災害である、火事と日本人の関わり

 

火事は木造住宅で暮らしてきた日本人にとって、昔から頭を悩ませる災害でした。
江戸の火災は有名ですが、歴史を辿ると『古事記』の時代から火事の概念が登場していた事がわかります。
今回は、火事と我々日本人の歴史的な関わりについてご紹介します。

 

最古の大火事の記録は飛鳥時代

火事は、日本最古の歴史書『古事記』の中で既に登場しています。
身ごもっている子供を「自分の子供ではない」と夫のニニギノミコトに言われたコノハナサクヤヒメは、自ら小屋に火を放ち、身の潔白を証明しようとしました。
この古事記が書かれた時代には、「火事は人命を奪う危険な災害である」という認識が既に浸透していた事がわかります。
また、記録に残っている古い火事では、飛鳥時代の難波宮(なにわのみや)の火災があります。今でも難波宮跡公園の柱跡には、土の中まで火が燃え広がった痕跡が残っています。

 

度重なる火事に襲われた江戸の町

「火事とケンカは江戸の花」という言葉が残っているほど、江戸の人々にとって、火事は身近な災害でした。
江戸で起きた火事のうち、「明暦の大火」「明和の大火(目黒行人坂の大火)」「文化の大火(丙寅の大火)」の3つの火事は、規模の広さや後世に残した影響力から「江戸三代火災」と言われています。
特に、江戸最大の火災となった「明暦の大火」は、死者数10万人を超える未曾有の大火災でした。
当時の江戸は、建物が木造という燃えやすい構造だった事に加え、人口増加による密集した居住区域や、土地整備の不十分さから、一度火が付くとあっという間に燃え広がってしまう危険性を常に抱えていました。
火事を重く見た江戸幕府では、多くの防火対策や消防組織を整え、これが後の公営消防の設立に繋がって行く事になります。

 

現代の火事の多くは放火

火事は建物だけでなく、その家で過ごす人の命や大事な家財も奪う恐ろしい災害です。
江戸時代の火事の多くは放火だったと言うデータが残っています。原因は当時の治安の悪さと言われており、放火の目的は火事の光景を見て楽しむ愉快犯や、騒ぎに乗じて金品を盗む火事場泥棒も含まれていました。

現代の火事の原因も、「放火」が全体の10%を占めており、「放火の疑い」である8.9%も加えると、1位の「たばこ」の11.8%を凌ぐ、18.8%という数値になります。

参考『総務省消防庁 出火原因別にみた火災発生状況』
http://www.fdma.go.jp/html/new/geninbetu.html
以上の事から、日本人にとって今も昔も身近な火事は、物件を所有している限り、発生する確立は決して低くはないと言えるでしょう。
ゴミや古雑誌などの燃えやすい物を物件の周りに放置せず、煙探知機など最低限の防火設備の設置や、避難経路の徹底など、いつ火事が起きても速やかに対応できる体制を整えておかなくてはなりません。

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